単位胞の Fraunhofer 回折像は、フーリエ変換である。単位胞そのものは周期性を持たないので、フーリエ変換は連続である。
空間に無限に広がる理想結晶は、単位胞とパルス列の畳み込みで表される。その回折像は、単位胞のフーリエ変換と、パルス列のフーリエ変換の積となる。パルス列のフーリエ変換は、やはりパルス列。したがって回折像は離散的となり、連続的なフーリエ変換を逆格子点だけから「覗いている」状態になっている。
有限サイズの結晶は、上記の理想結晶に形状関数を掛けたもの。その回折像は、離散的な回折像と、形状関数のフーリエ変換の畳み込み。したがって、離散的な回折点1つ1つの場所に、形状関数のフーリエ変換を置いたものになる。式で書くと、FT(shape * (lattice X unit cell)) = FT(shape) X (FT(lattice) * FT(unit cell)) となる。ここで、* は通常の積、X は畳み込み演算、FT はフーリエ変換。つまり、理想結晶の回折スポット(無現に小さい)が、形状関数のフーリエ変換分だけ「滲んだ」形になっている。
ここで形状関数として単位胞1つ分だけの矩形関数を考えると、実空間では、単位胞1つだけの最初の状態に戻ることになる。一方逆空間は、理想結晶の回折点1つ1つが、矩形関数のフーリエ変換である sinc 関数で広がったものになるわけだが、これが最初の、単位胞1つ分の連続的なフーリエ変換に一致しなければならない。だが、これはとても不思議なことである。理想結晶のフーリエ変換を考えた時点で、逆格子点以外は完全にマスクされてしまって0になってしまい、情報が失われてしまったはずなのに、sinc 関数で滲ませることで、失われたはずの部分も復元できてしまうのだ!
実は、これは矛盾ではない。Shannon の標本化定理そのものである。通常の表現では周波数領域に有限な台を想定するが、双対性から、実空間に有限な台があると考えても定理は成り立つ。その場合、周波数領域を離散的にナイキスト周波数以上の周期でサンプリングすれば、連続的だが有限範囲に限定された実空間が完全に復元できるのである。
そして、離散的なサンプリングから連続的なものを復元する方法を示すのが、Whittaker-Shannon の補間公式 であって、まさに sinc 関数とサンプル(測定値をかけたデルタ関数の列)の畳み込みになっているのである。つまり、上記の結晶での思考実験は、シャノンの定理と補間公式の物理的な理解を与える。
ところで、上記の話によると、結晶サイズが無現でないことに起因する fringe には、Bragg spot を観測する以上の情報は存在しないことになる。それなのに XFEL での位相決定の話で non-Bragg spot を測定して云々という話が出てくるのはなぜか。それは、上記の計算は、複素数の世界での話だからである。Bragg spot での構造因子が、位相も含めてわかっているのであれば、non-Bragg spot を観測しても意味はない(sinc 関数との畳み込みで算出できる)が、実際には強度しか測定できないから畳み込み演算を遂行することはできないのである。そこで、Bragg spot の間隔(Nyquist 周波数に一致)の倍以上の密度で測定し、Bragg spot での構造因子と inter-Bragg spot での構造因子の関係について方程式を連立させれば、位相を決定することができる。これが over-sampling による位相決定の原理である。実際には、実空間で台の外側は0という拘束によって解くけれど、理屈としてはこういうことである。