実空間と逆空間の対称性について

教科書的な内容だが、TeX 形式の式があったほうが何かと便利なのでまとめた。誤植指摘希望。

逆空間の対称性

ある空間群を考え、そこに N 個の元、すなわち対称操作 S_1, S_2, .., S_N があるとする。以下では、便宜のため、S_1 = I(単位元)としよう。すると、単位胞 unit cell のうち 1 \over N だけが asymmetric unit (ASU) であり、残りは、ASU に対称操作を適用することで得られることになる。

このモデルでは、ASU に 1 から M までの原子\{f_i, \mathbf{x_i}\} があるとすると、unit cell には 1 から MN までの原子があって、例えば原子 N + 1 から 2N までは \{f_i, S_2\mathbf{x_i}\} という散乱因子と座標を持つことになる。

すると、全体の構造因子は
\mathbf{F(h)} = \sum_{j=1}^N\sum_{i=1}^M f_i e^{2\pi i \mathbf{h}\cdot S_j\mathbf{x_i}}
となる。

実際に構造解析をする時、我々はアタマの中でこのようなモデルで考えている。PDBファイルでも、ASU 分の情報が記録されているだけだ。

一方、対称操作が逆空間に与える影響などを考察する際には、P1 に拡張して考えたほうが式が簡単になる。このモデルでは、ASU は unit cell と同じであり、1 から MN までの原子すべてが無関係であると考える。

全体の構造因子は

\mathbf{F(h)} = \sum_{i=1}^{MN} f_i e^{2\pi i \mathbf{h}\cdot\mathbf{x_i}}

と表される。

さて、ここに対称操作 S を施すことにする。すると、各原子の座標は \mathbf{x_i} \rightarrow \mathbf{S(x_i)} という変換をうける。ただし、「対称」操作なので、集合としては \{\mathbf{x_i}\} = \{\mathbf{S_ix_i}\} となっている。別のいいかたをすると、添字 i を取り替えたとも言える。したがって、対称操作の前後で物理は変わらず、構造因子も同じでなければならない。

\mathbf{F(h)} = \sum_{i=1}^{MN} f_i e^{2\pi i \mathbf{h}\cdot S(\mathbf{x_i})}

ここで対称操作 S は、回転成分(反転を含む) R と並進成分 t に分解できて、S(\mathbf{x}) = R \mathbf{x} + t だから、これを代入すると、

\mathbf{F(h)} = \sum_{i=1}^{MN} f_i e^{2\pi i \mathbf{h}\cdot S(\mathbf{x_i})} = \sum_{i=1}^{MN} f_i e^{2\pi i \mathbf{h}\cdot (R\mathbf{x_i + t})} = e^ {2\pi i \mathbf{h}\cdot t} \sum_{i=1}^{MN} f_i e^{2\pi i \mathbf{h}\cdot R\mathbf{x_i}}

となる。ここで、行列積と内積の関係

 \mathbf{a}\cdot M\mathbf{b} = \sum_i a_i (M\mathbf{b})_i = \sum_i a_i \sum_j M_{ij} b_j = \sum_j (M^t \mathbf{a})_j b_j = M^t\mathbf{a}\cdot \mathbf{b}

を使うと、

\mathbf{F(h)} = e^ {2\pi i \mathbf{h}\cdot t} \sum_{i=1}^{MN} f_i e^{2\pi i \mathbf{h}\cdot R\mathbf{x_i}} = e^ {2\pi i \mathbf{h \cdot t}} \sum_{i=1}^{MN} f_i e^{2\pi i R^{t} \mathbf{h}\cdot \mathbf{x_i}} = e^ {2\pi i \mathbf{h \cdot t}} \mathbf{F(R^{t}h)}

を得る。R は回転行列なので直交行列であり、 R^t = R^{-1} である。また、 2\pi i \mathbf{h}\cdot t は純虚数だから、構造因子の絶対値を変えず、位相だけがシフトする。式を変形しておくと、

 \mathbf{F(R^{t}h)} = e^ {-2\pi i \mathbf{h \cdot t}} \mathbf{F(h)}

これが、逆空間での対称性の式である。観測される回折強度はこの二乗だから、 \mathbf{F(h)} \rightarrow \mathbf{F(R^{t}h)}と対応することが分かる。

注意: 実空間と逆空間の双対性が明らかになるように、\mathbf{x} を縦ベクトル、\mathbf{h} を横ベクトルとして表すことにすると、内積\mathbf{hx}のように行列積として自然に表され、実空間での対称操作 \mathbf{S_ix_i} は逆空間での対称操作  \mathbf{h S_i} に自然に移り変わる。つまり、行列を転置しなくてもよくなる。

センタリングによる systematic absence

上の式では、対称操作は、回転部分と並進部分に分離している。ここで、centering の操作を考えると、並進成分だけがあるので、R = I。つまり、

 \mathbf{F(R^{t}h)} = \mathbf{F(h)} = e^ {-2\pi i \mathbf{h\cdot t}} \mathbf{F(h)}

これが成立するためには指数関数の部分が 1 でなければならないから、 \mathbf{h}\cdot t は整数でなければならない。

例えば C centering (底心センタリング)だと、t = (1/2, 1/2, 0)。したがって、h / 2 + k / 2 が整數であることが反射条件。つまり、h + k が偶数である場合のみ反射が生じて、奇数の場合は systematic absence となる。

この説明だと、数式を追って理解できても、物理として何が起こっているか分からないかもしれない。こういう時は、以前の

\mathbf{F(h)} = \sum_{i=1}^{MN} f_i e^{2\pi i \mathbf{h}\cdot\mathbf{x_i}}

のモデルで考えたほうが分かりやすい。cell を、センタリング操作で重なる2つの部分に分けて考える(例えば、0 <= y < 1/2 と、1/2 <= y < 1)。全体の構造因子は、前半と後半の構造因子の和である。後半の構造因子は、前半の構造因子に  e^ {2\pi i (h / 2 + k / 2)} をかけたものになっている。h, k は整数だから、h / 2 + k / 2 は整数であるか、半整数である。半整数の場合、指数項は要するに  e^ {2\pi i / 2} = - 1 となるので、前半と打ち消し合って構造因子が0となるのである。

らせん軸による systematic absence

らせん軸の場合も事情は同じだ。例えば、原点に c 軸に並行な 3_1 らせん軸があるとする。反射 (0, 0, l) は軸上に載っているので、回転部分の影響を受けない。そのため、

 \mathbf{F}(R^{t}(0, 0, l)) = \mathbf{F}(0, 0, l) = e^ {-2\pi i (0, 0, l) \cdot (0, 0, 1/3)} \mathbf{F}(0, 0, l)

となって、l/3 が整数、つまり、 l が3の倍数の場合のみ反射が生じることになる。

これも直感的な説明をしておこう。フーリエ射影定理により、反射 (0, 0, l) は実空間での電子密度の c 軸上への(一次元の)射影のフーリエ変換となる。一次元の射影なので、c 軸周りの回転は意味をなさない。したがって、射影の周期は c 軸の長さではなく、その 1 / 3 に縮まる。したがって、逆空間での周期は 3 倍に広がるというわけだ。