X線結晶回折において、「コヒーレントな場合は振幅(F)を足してから二乗して強度を得る、コヒーレントでない場合は強度(I)のレベルで足す」ことについて、なにかすごい物理的意味があるような気がしていた。後者は例えば相晶(twin)の場合に出てくる。ビームのコヒーレント長がどうとかいった(うやむやなまま終わるのが常な)議論を ccp4bb 等のログで目にして、ずいぶん神秘的な印象を受けていた。しかし実際に計算してみると、コヒーレントかどうかで物理が変わる(計算法則が変わる)わけではないことが分かった。初等物理で習ったはずのことだが、すっかり忘れていたので、ここに記す。
検出器の位置で f(t) = sin(t) のように振動する波がある。これを観測すると、強度 I が測定される。強度 I は振幅の二乗であり、一周期分を平均すると、
となる。ここに、同周波数・同振幅・同位相の波を重ねあわせると、
というわけで、 倍になった。つまり、振幅のレベルで足しあわせてから2乗した強度になる。位相が x ズレた波を重ねあわせた場合も同様であり、計算すると、
となる。位相差 x = 0 の場合、上の 2 となり、位相差 [x = \pi] の場合、完全に打ち消し合って強度 0 となる。
ここまでがコヒーレントな場合である。ここでのコヒーレントというのは、「2つの波の位相関係が完全に確定している」という意味である。必ずしも位相差が 0 である必要はないが、位相差が x なら x でずっとこの関係が一定ということ。「1つ目の波の位相が a なら、もう一つの波の位相が a + x である」というように 100% 分かることだ。
一方、コヒーレントでない場合というのは、ある瞬間に「1つ目の波の位相が a」と分かっても、2つ目の波の位相がまったく予測できない、相互情報量 0 の状態を言う。こういう重ねあわせの状態の強度を測定すると、位相のズレ x に 0 から 2πまであらゆる可能性が平等にあって、その平均を取ることになるので、
となる。これは、元の波の強度 に比べると、2倍になっている。つまり、強度のレベルでの足し算 1 + 1 = 2 となったわけだ。振幅が同じでない場合、例えば、片方の振幅を a、もう片方を b として計算しても同じ結果になる。
すなわち、「コヒーレントな場合は振幅で足し、そうでない場合は強度で足す」のは、コヒーレントかどうかで物理法則が変わるからではない。いつでも振幅で足してから二乗して強度を得ているのである。コヒーレントでない場合は、位相の関係が一定でないので、「振幅で足す」ために位相ずれのあらゆる場合について平均せねばならず、その結果として、強度で足したのと同じ値になるのである。
以上の計算は、maxima で確認できる。
(%i10) integrate(1/2/%pi*sin(t)^2, t, 0, 2 * %pi); 1 (%o10) - 2 (%i11) integrate(1/2/%pi*(sin(t) + sin(t))^2, t, 0, 2 * %pi); (%o11) 2 (%i12) factor(integrate(1/2/%pi*(sin(t) + sin(t + x))^2, t, 0, 2 * %pi)); (%o12) cos(x) + 1 (%i13) integrate(1/2/%pi*integrate(1/2/%pi*(sin(t) + sin(t + x))^2, t, 0, 2 * %pi), x, 0, 2*%pi); (%o13) 1 (%i16) factor(integrate(1/2/%pi*integrate(1/2/%pi*(a * sin(t) + b * sin(t + x))^2, t, 0, 2 * %pi), x, 0, 2*%pi)); 2 2 b + a (%o16) ------- 2
#分数の表示が崩れているかも。
――と、一見綺麗にまとまったが、光がとても弱くて、量子的に振舞う場合はどうなるのだろう? 上では、コヒーレントでない場合について、あらゆる場合の平均を取っていたが、そんなに何周期も持続しないような極短パルスの場合はどうなるのか? 波動関数のレベルで同じことが起こって、観測される値の期待値がああなる、という気がするが、量子光学には不勉強なので自信がない。